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文化人類学・芸術の歴史が紐解く量子芸術祭の側面

DATE | 2025.3.13 TUE. | 12:00-13:00 JST

Atelier Anthropologyの中村 寛さんと量子芸術祭総合監督の藤原 大さんによる対談です。量子コンピュータ研究開発に内包される人類・科学・芸術・産業・政策といった、これからの社会に大きな影響を与えるとともに複雑に絡み合うテーマを、まるでドレッシングをかけて解きほぐすように語り合います。

中村 寛(文化人類学者、デザイン人類学者)×藤原 大(量子芸術祭総合監督)

イントロダクション

 

藤原:量子コンピュータが社会実装されたとき、どのような変化をもたらすでしょうか。本日は文化人類学の視点から量子技術と社会の関係を考察し、新技術が人類社会に与える影響を探りたいと思います。

量子コンピュータと文化人類学

 

中村:人類学とは人類に関わることがすべて含まれる懐の深い学問です。数年前、その人類学を基礎に置くデザインファーム、アトリエ・アンソロポロジー合同会社を立ち上げましたが、ひとことで言いますと、「人類学で世界をもっと優雅に」というミッションを掲げて活動しています。

量子コンピュータをはじめとした新しい技術は日進月歩で累積的に進歩するので、そのスピードに人間が追いつけないことでさまざまな感情が引き起こされます。そのとき、各個人がどのように反応するのか、各社会や文化圏がどのように反応するのか、本日は後者を考えます。

 『反穀物の人類史』(ジェームズ・C・スコット 著)は、とてもシンプルにまとめますが、農耕技術の発達により、国家の誕生、人間の家畜化、環境の破壊までがもたらされたことを、ラディカルに問いかけます。

 『機械カニバリズム』(久保明教 著)では、スマホの登場によって人間は新しい存在、「スマホ人間」になっていくと主張します。新しい技術による人間の変化を「ビカミング(Becoming)=生成変化」という概念で表します。

 3つ目は、伊藤亜紗さんと久保田晃弘さんとの対談における、畜産技術との発達とAIの発達のアナロジーです。ペットで考えるほうがわかりやすいかもしれませんが、動物を飼うと人間も飼っている動物中心の生活に適応し、次第に飼う/飼われるが反転する瞬間が見受けられるようになります。

 これら3つを通じて、新しい技術の誕生によって図らずも国家という集団やヒエラルキーが形成され、それが当然のように社会に埋め込まれていった側面。また、道具として捉えていたはずの技術が、やがてその技術に人間が溶け込んで、一心同体になっていく側面。そして、「飼う」「飼われる」という文法で新しい技術を捉え直すと、自律的でありながら依存し合う関係が構築されていく側面が明らかになります。以上の3点を論題提供とさせていただきます。

 

アートと量子技術のある未来社会

 

藤原:ここでは、アートとは、「個人が自分でテーマを考え、その表現を大切にするもの」として定義します。そして、アートと量子技術のある未来社会を3つに分けて考えます。1つは「アート・クロニクル」として「古代-中世」「中世-近代」「近代-現代」の年代に分けました。また、アートは個人としての活動を尊重し大切にすると言いましたが、その際個人には動機があり、「旅」というテーマがフィットします。「旅に出る人」を同じように各時代に分類すると共通項が見えます。人類の大移動(旅)とアートには「緊張感」と「開放感」という共通の思考性があり、「必要に迫られて行う」「自ら好んで行う」「福祉、愛」という3つの動機がそこに潜んでいます。「アート・アナトミー」で伝えたいのは、個人の純粋な表現欲求として発想の飛躍ができ、社会もそこに期待することがアートの特徴だということです。「アート・コモンズ」とはアートは社会を飛躍させる共有資源として管理する考え方です。量子技術が「人しかつくれない技術」とした場合、アートは「表現・意味」の領域に入ることで、アートも人類の共有資源=コモンズと言えるのではないでしょうか。

 

科学技術におけるアートの役割

 

中村:科学技術が社会実装されたときに社会を大きく変えていく可能性があります。それが速いスピードで進展していくときにアートにはどのような可能性や役割があると思いますか? 

藤原:スピードが速くなってもアートの役割は変わらないと思います。また、アーティストは常に自らと自らの作品を客体として観察します。そのとき時間軸が少し後ろに戻されます。常に戻るという保守的な側面がアートにはあり、後からその作品が社会全体で評価されるのです。表現されたものが意味としてあとから人々に伝わるということです。

 

技術の発展と社会規制

 

藤原:量子コンピュータのような革新的な技術が広がるとき、発明から社会実装までのプロセスを文化人類学ではどのように捉えていますか。

 

中村:新しい技術によって生じる社会問題や個人にものしかかるような問題といった退歩的、退化的な部分がありますが、その技術を全面禁止しようとしてもできなかったことが歴史を見るとわかります。例えば、自動車がそうでした。交通事故が増加し、シートベルトが考えられ、それが義務化されるまで、何十年にも及ぶ年数をかけてコントロールしていきました。その点で、規制が必ず必要になるということは人類史から学べます。

 量子コンピュータも同様です。そうしたとき、文化人類学やアートの視点から議論することで、新しい技術の活用の方向性やリスクを想定してレギュレーションをつくるといったことが今はやりやすくなっていると思います。20世紀前半の人類とは違う、より賢い歩みができる時代を迎えています。実際に賢くなれるかどうかは別問題ですが、少なくともそうなれるし、そうありたいですね。

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中村 寛|Yutaka Nakamura

文化人類学者、デザイン人類学者

多摩美術大学リベラルアーツセンター教授。Atelier Anthropology代表。KESIKI Inc.でInsight Design担当 ` 。「周縁」における暴力や脱暴力のソーシャル・デザインといった研究テーマに取り組む一方、さまざま企業、デザイナー、経営者と社会実装を行う。多摩美術大学では、サーキュラー・オフィスやTama Design UniversityのDivision of Design Anthropologyをリード。著書に『アメリカの〈周縁〉をあるく――旅する人類学』(平凡社、2021)、『残響のハーレム――ストリートに生きるムスリムたちの声』(共和国、2015)など。

https://x.com/atelieranthropo​ `

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藤原 大|Dai Fujiwara

クリエイティブディレクター

2008年DAIFUJIWARAを設立し、湘南に事務所を構える。コーポレイト(企業)、アカデミック(教育)、リージョン(地域)の3つのエリアをフィールドに、多岐にわたる創作活動を続ける。独自の視点を生かし、企業のオープンイノベーションにおける牽引役としても知られている。国内外での講演やプロジェクトなど数多く実施。多摩美術大学教授。 https://www.daiand.com/ `

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主催:量子芸術祭実行委員会 

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