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エラー抑制

PROJECT 2

量子コンピュータの夢と現実の間をどう埋める?—

エラー抑制の挑戦

ノーマン・メティック    Normann Mertig

日立ヨーロッパ社 ヨーロッパR&D センタ 日立ケンブリッジ・ラボラトリー 副ラボラトリーマネージャー


富永 泰紀    Taiki Tominaga

アーティスト、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科3年

量子コンピュータの「夢」

日立ヨーロッパ社のノーマン・メティックさんは、NISQと呼ばれる小規模な量子コンピュータで動作する量子アルゴリズムの研究に情熱を注いでいます。
 「研
究開発には『夢』が必要です」と熱っぽく語るノーマンさんによると、企業の研究所では、たとえ基礎研究であっても成果がどのように世界に影響を与えるか、常に意識することが求められるそうです。「夢」の1つは、量子コンピュータによる計算を新しい材料や薬の開発に役立てることです。「量子コンピュータは新しい抗がん剤や新しい燃料電池の開発などに応用できると期待されています」(ノーマン)。
 彼の話にインスピレーションを受けた武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科の富永泰紀さんは、量子コンピュータの「夢」をモノクロームのデジタル作品で表現しました。「新しい材料や薬はまさに人々の『希望の光』。この作品では量子コンピュータを光そのものに見立てました」(富永)。
 薬などの大きな分子の計算には多くの量子ビットが必要ですが、ノーマンさんは「実は、量子ビットの数が足りてもノイズが大きいため、分子のエネルギーを正しく計算できないのです」と「質」の問題を指摘します。
 研究所では「変分量子固有値ソルバー(VQE)」という量子アルゴリズムの改良に取り組みました。このアルゴリズムは分子のエネルギー状態を調べるもので、量子コンピュータと古典コンピュータが協力して動作しますが、量子コンピュータの担当部分でエラーが発生しないよう、プログラムをできるだけ短くしたいのだそうです。
 新しいアルゴリズムの開発は、量子コンピュータの夢と現実のギャップを埋める挑戦です。富永作品の随所にちりばめられた化合物のような構造体は、そんな夢と現実が入り交じる状況を物語っているように見えます。

量子の世界の冒険

ノーマンさんはもともと「量子カオス」を研究していたので、「量子についてはわかっていたつもりだった」そうです。しかし、いざ量子コンピュータの研究を始めてみると、量子カオス研究との違いにとても驚いたと語ります。
 「研究分野をスイッチしたことで、大きな発見が2つありました」(ノーマン)。1つは、量子カオスの研究では1つの波の時間変化を考えるのに対し、量子コンピュータ研究ではたくさんの波を組み合わせるという、全く異なる考え方が必要だったことです。
 もう1つの驚きは、量子コンピュータから計算結果を取り出す「測定」についてです。0と1の重ね合わせ状態にある量子ビットを「測定」すると、結果は0または1のどちらか1つが得られるのですが、途中のふるまいは量子カオス研究の時に考えた波の動きが変わるというイメージではうまく理解できないのです。「測定による答えの確定は、新しい現象に見えました」とノーマンさん。そのため、最近は数学的に考えて理解を深めているそうです。
 富永さんの作品には、静止した化学分子だけでなく、光や幾何学模様のゆらぎ、液体にも感じられる波や流れなど、動きのある表現が取り入れられています。最前線の研究者でさえ言葉や形に表すのが難しい量子の世界。アートの力で、量子の世界の新しい発見ができるかもしれません。

エラー抑制(引き)

PROJECT 2 PROFILE

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ノーマン・メティック(Normann Mertig)

日立ヨーロッパ社 ヨーロッパ R&D センタ 日立ケンブリッジ・ラボラトリー

副ラボラトリーマネージャー

1983年ドイツ・ドレスデン生まれ。ドレスデン工科大学にて物理学を学び、同大学にて理論物理学の博士号を取得。2013年より首都大学東京で博士研究員を務め、2017年より日立北大ラボでオープンイノベーション、 CMOS アニーリングを研究。2020年より現職。

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富永 泰紀(Taiki Tominaga/とみなが・たいき)

アーティスト、武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科3年

2003年生まれ。主に映像やアクリル絵の具、デジタルイラストレーションを手がける。これまでの活動に、LUMINE TACHIKAWA ART AWARD デジタル・アート部門、富士県通り商店街にて開催されたアートプロジェクトなどへの参加のほか、グループでゲームアプリを開発した。

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