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冷やしてつまんで

PROJECT 1-2

冷やしてつまんで―

量子コンピュータをつくるためのレシピ

富⽥ 隆⽂    Takafumi Tomita

自然科学研究機構 分子科学研究所 助教


富永 泰紀    Taiki Tominaga

アーティスト、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科3年

冷却原子型量子コンピュータ

分子科学研究所の富田隆文さんは、量子光学技術を駆使し「冷却原子型」と呼ばれる新しい量子コンピュータのハードウェアの実現に挑んでいます。
 量子コンピュータの実現方式はこれまでも超伝導、イオン、半導体、光など、いろいろな方法が検討されています。「私が取り組んでいるのは『冷却原子型』です。これは他の方式と違って、量子系が周囲の環境から孤立しているため、ノイズが少なく安定した計算が期待できます」と富田さん。均質な量子ビットをつくれる点や、制御性の高さでも他方式より優れていると言います。
 実現には、名前のとおり原子の気体を絶対零度(マイナス273.15℃)近くまで冷却する「レーザー冷却」という手法が使われます。レーザーを当てると加熱してしまう気がするのですが、富田さんによれば「逆のことが起こります。特別な周波数のレーザー光を照射すると原子を減速できます。スケートを滑っている人にボールを投げつけて減速させるイメージです」。そもそも温度は物理学では原子の動きの激しさで定義されるので、減速と冷却は同じ意味になるのです。「写真に撮れるくらい、原子の動きを遅くすることができます」。
 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科で学ぶ富永泰紀さんは、富田さんの実験手法を短いアニメーション作品で表現しました。中央に見える球体は原子(量子ビット)でしょうか。原子に向かって左右から伸びる煙の束は、震える原子を巧みにレーザーで制御しようとする「冷却原子型」量子コンピュータの挑戦そのものを表しているように見えます。

量子の世界を「つかむ」

量子コンピュータをつくるためには冷却した原子(量子ビット)を「並べて」「操作する」必要があります。富田さんの研究室では「光ピンセット」技術を用います。
 「これはレーザー光を集束した焦点に原子を捕まえるという技術で、冷やした原子から1個ずつ持ってきて並べたり、ひとつずつ操作したりできます」(富田)。研究室では2019年に1個の原子を捕まえる技術を確立、今では400個程度の原子を並べることにも成功しているそうです。
 さらに、隣り合う2つの原子に特別なレーザーを照射して、2つの原子を「リュードベリ状態」という高いエネルギーの状態にすることで、2つの原子のあいだの「量子もつれ」をつくることにも成功しています。この操作は「2量子ビットゲート」と呼ばれる量子コンピュータの実現に不可欠な操作です。この方法は従来法よりも高速に操作できるので、世界から注目されています。
 光学技術の追求に余念がない富田さんは、「光学は、まだ掘れば掘るほど新しい領域が出てきます。ギリギリを攻めることで新しい技術の可能性も生まれます」と語ります。富永さんの作品の背景にも、富田さんの技術志向を反映してか、空間光変調器や音響光偏向器などの専門的な機器を思わせる装置が描かれています。富永さんは「整列した原子を想起させる模様や、光ピンセットなど機械の要素を配置しています」と表現に込めた思いを明かします。
 量子の世界は、私たちの日常とは全く違う、不思議で魅力的なものです。富永さんの作品では、この特別な世界が巧みに表現されています。量子の世界特有の日常とはかけ離れた不思議さや、近づきたくなるような魅力。私たちを引きつけながらも、その神秘のベールに包まれていて距離を保つという、量子の「寄せ付けなさ」と「求心力」の同居がこの作品では見事に表現されています。
 富田さんと富永さんが描く量子の世界は、科学とアートの境界を飛び越えて、私たちの世界の深さと魅力を伝えてくれます。この作品を通じて、捉えづらい量子の世界を「つかむ」ことができたでしょうか?

冷やしてつまんで(引き)

PROJECT 1-2 PROFILE

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富田 隆文(Takafumi Tomita/とみた・たかふみ)

自然科学研究機構 分子科学研究所 助教

2019年京都大学大学院理学研究科物理学 宇宙物理学専攻 博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員などを経て、2023年より現職、光分子科学研究領域所属。主な研究テーマは冷却原子を用いた量子コンピューティングや量子シミュレーションとそのための量子制御技術開発、開放量子多体系。

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富永 泰紀(Taiki Tominaga/とみなが・たいき)

アーティスト、武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科3年

2003年生まれ。主に映像やアクリル絵の具、デジタルイラストレーションを手がける。これまでの活動に、LUMINE TACHIKAWA ART AWARD デジタル・アート部門、富士県通り商店街にて開催されたアートプロジェクトなどへの参加のほか、グループでゲームアプリを開発した。

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