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この世界と量子の世界に橋を架ける、デザイナーの仕事

白澤 貴司
株式会社日立製作所
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©︎ Kazumasa Harada
異なる世界を渡る、神秘という橋

 私は、「ビジョンデザイン」を担当しているデザイナーです。「人の心に寄り添う方法」をデザインすることを仕事にしており、量子芸術祭では、人の心がどのようにしたら量子の世界に寄り添うことができるのかを考え、作品を制作しました。

 その際、「量子もつれ」や「ゆらぎ」といった非常に不思議な性質を持つ量子世界と、私たちの生きる一般的な世界とを、どのようにして橋渡しするかが課題でした。イギリスの数理物理学者であり、科学哲学者でもあるロジャー・ペンローズは、『心は量子で語れるか』という本で、その橋を「神秘」と呼びました。

 「私たちが物理学で論じるのは、物質や、質量の大きい物体や素粒子、さらに空間や時間やエネルギーなどである。この物理学と、私たちの感覚、すなわち色を知覚したり幸福を感じたりすることとが、どんな関係にあるのだろうか? 私は、それは一つの神秘だと思っている。〈中略〉(プラトン的世界、物質的世界、精神的世界という)異なる世界を結ぶ矢印は、神秘なのである」(ロジャー・ペンローズ著『心は量子で語れるか』より引用)。

 私たちは、量子の世界に限らず、さまざまな不思議に、何らかの橋を架けていきます。例えば、見ず知らずの他人同士が同時に同じことを閃いたり、一卵性の双子が遠く離れていても通じ合っていたりといったことが現実で起きています。

 これらが真実かどうかはさておき、それらの未知の世界に何らかの橋を渡し、時には怖れ、またある時には「奇跡」と呼んで称賛し、文化をつくってきました。自分の仕事は、そうした未知の世界への架け橋を、デザインの方法で実現することなのです。

世界を渡る対話をつくる

 それほど遠くない未来、量子の世界はさまざまな方法で私たちの住む世界と融合していきます。例えば量子力学によって、生命現象の仕組みを探ろうとする試みがあります。「量子生物学」という研究領域です。生命におけるDNAの複製や光合成、神経信号に至るまでが、量子力学的な仕組みに下支えされているというのです。

 そもそも生物学は物理学と交流し、この世界の理解の仕方を編み変えていきました。例えば「分子生物学」の誕生に関わっていたのも物理学者でした。分子生物学の原点とも言えるDNAの二重らせん構造を発見した研究者のひとりであり、ノーベル賞を受賞した科学者でもあるフランシス・クリックはもともと物理学者でした。さらに彼が生物学へと転向し、二重らせん構造発見の偉業を成し遂げたきっかけになったのは、「シュレーディンガーの猫(※) 」で知られる量子力学の発展に寄与した物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの著書『生命とは何か』(1944年刊)でした。同書には、生命が何であるかを知るためには、遺伝子の働きを知らなければならないということが、非常に先鋭的な洞察とともに書かれていました。

 量子論によって編み変えられていくものには、人がこれまでにつくり上げてきたテクノロジーや社会、コミュニケーションも含まれます。これまでの世界とは異なる新しい価値、世界観を観察し、捉えていくことが、私たちの仕事だと考えています。

 量子芸術祭に来場される方と私たちは将来、同じ橋を渡ります。量子芸術祭では、私たちの架ける橋を、人にとって良いものにするための対話を用意してお待ちしています。

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白澤 貴司
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ

2001年東京理科大学卒業後、映像制作会社を経て、2007年日立製作所デザイン本部入社。日立グループ報告書のエディトリアルデザイン、コーポレートブランディングを担当し、2019年より社会イノベーション協創センタのユニットリーダーとしてビジョンデザインを牽引。

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