電子をひとつずつ動かす、
宇宙最小クラスのポンプ
宇津木 健
株式会社日立製作所
量子コンピュータでは、電子をひとつずつ動かさなければなりません。
その仕事をするのが宇宙最小クラスのポンプ「単電子ポンプ」です。
電子は、0.1ナノメートル(約1億分の1センチメートル)のさらに1億分の1よりも小さいとされています。
この電子を、正確に動かし続ける。
量子コンピュータは、極小世界で繰り広げられる奇跡を設計することで動いているのです。
©︎ Ogawa Yutaro
極小の電子を閉じ込める
量子コンピュータは、量子ドットという小さな箱に電子ひとつを閉じ込め、量子の重ね合わせの状態をつくり、その状態を制御することで演算を可能にするものです。この世界では、極端に大きなものを閉じ込めるのは大変です。例えば、台風を閉じ込めたりすることはとても難しい。しかし、極端に小さなものも、それと同じくらい難しいのです。
電子ひとつの大きさについて考えてみましょう。そもそも電子はどこにあるのでしょうか? ミクロな世界を見ていくと、まず分子があり、分子を構成する原子があります。そしてその原子の核である原子核の周囲を飛び交っているのが電子です。その原子の大きさは0.1ナノメートル(約1億分の1センチメートル)です。そして電子は、0.1ナノメートルのさらに1億分の1よりも小さいとされ、その構造は見えないとされています。この極小の電子ひとつだけを閉じ込め、その状態を維持するという奇跡を設計するのが、私の研究です。
量子コンピュータを小さく、大きくする未来へ
日立製作所が開発するシリコン量子コンピュータで採用している「量子ドット方式」では、非常に小さな箱に電子ひとつを閉じ込めます。この箱は電磁波を用いた穴のようなもの(ポテンシャル)で実現されています。この箱に電子をひとつ落とすわけですが、極小サイズのものは、いかに小さなピンセットがあってもつまんだりすることはできません。そこで用いるのが「単電子ポンプ」というものです。これは微細な電圧で制御するポンプです。電子というものはマイナスの電荷を持っています。電子にマイナスの電荷をかければ消えてしまいます。しかし、プラスの電荷を与えると集合するのです。この特性を活かし、電子をひとつずつポンプのように送り出すことのできる条件を見つけ出すことができれば、電子ひとつを自由自在に扱うことができます。これを電子の「輸送制御」と言い、私が取り組んでいるものです。
量子コンピュータについて話すとき、私たちは現在あるコンピュータを古典コンピュータと呼びます。しかし量子コンピュータがいかに新しいと言っても、まだまだ古典コンピュータの真似はできません。例えば、私たちの持っているスマートフォンには非常に小さなコンピュータが内蔵されていますが、量子コンピュータでこのような小型化を実現することは非常に難しいものです。さらに、量子コンピュータで高度な計算をするためには、大量の量子ビットを集積し、大規模化をする必要があります。量子コンピュータが小さく、そしてその規模を大きくしていくための能力のことを、スケーラビリティと言います。そのスケーラビリティを実現する基礎こそが、極小の世界で電子を閉じ込め、輸送する技術なのです。
宇津木 健
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
2013年東京工業大学大学院卒業。同年日立製作所横浜研究所入社。ホログラフィックメモリ、ホログラフィック導光板、光学検査装置の研究開発を経験後、2021年よりムーンショット型研究開発事業「大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発」に参加。
小川雄太郎
メインビジュアル イラストレーション
イラストレーター。多摩美術大学大学院グラフィックデザイン研究領域修了。
ウェブ、広告、雑誌、映像などのイラストレーションを手がける。
主な仕事にWIRED、リンネル、NHK Eテレ、PARCO、キットカットなど。
主な受賞にNY ADC Merit、グッドデザイン賞など。
ギンザWEBにて動く漫画「トップスドッグズ」連載中。