「もつれ」でつくるコンピュータ
米田 淳
国立大学法人 東京工業大学
ふたつ以上の粒子(例えば光子)が、「量子もつれ」という関係性を結ぶとき、
それらの粒子は何億光年と遠く離れていようと、お互いに影響を及ぼし合います。
まるでSFの世界の「テレポーテーション」のように。
シリコン量子コンピュータの開発では、シリコンの中の量子もつれを計算に応用する試みを進めています。
距離を飛び越えてつながる「もつれ」を計算に使おうというわけです。
©︎ Ogawa Yutaro
量子コンピュータは、どんなことができるのか?
私たちは、日立製作所とシリコン量子コンピュータの研究開発をしています。私はシリコンチップ(※)の研究を行っていますが、そのような研究者ですら、「量子の世界では、どんなことが起きているのか?」を説明するのは、実はとても難しいのです。もちろん、量子コンピュータを計算資源として捉えれば、不可能を可能にする次世代のコンピューティングの技術だと言えます。膨大で時間がかかる計算を、文字通り一瞬で片付けてしまう可能性を持つ技術です。例えば2019年には、グーグルが開発した量子コンピュータが、スパコンで約1万年かかる計算を約200秒でやってのけたと発表し話題になりました。
量子コンピュータの応用先として、例えばものづくりの世界において材料探索に使われていくことが期待されています。最先端の「マテリアルズ・インフォマティクス(※)」に用いられれば、デバイス開発などの世界で、材料の探索時間を圧倒的に短縮し、革新的なものづくりを実現するでしょう。
こうした話をすると、量子コンピュータの研究は、単に「すごいスパコン」の開発だと思われるかもしれません。しかし、実際に量子の世界で起きている、私たちの想像を超える出来事を目の当たりにし、それを開発に結びつけようとするとき、「すごいスパコン」以上の創造ができるはずなのです。
「量子もつれ」を計算に使う
量子コンピュータを成り立たせているのは、「量子論」と呼ばれる理論です。量子論は、アインシュタインの相対性理論などとともに、20世紀を代表する物理学の功績として称賛されています。その影響力は、20世紀以前と以後を、物理学的にはまったく異なる世界にしてしまったほどです。
量子論とは、大雑把に言えば、この世界をひたすら小さく分割していくと顔を出す、新しい物理の法則の探究です。「量子」の効果が顕著に見られるものには、物質をかたちづくる原子や、その原子を構成する電子、中性子、陽子があります。 このようなミクロな世界に代表される量子論の世界においては、私たちに馴染みのある一般的な物理法則(ニュートン力学、電磁気学など)が通用しません。そこでは、常識が通用しない出来事が数多く起こります。例えば、私たちの「存在」に関する常識を簡単に覆してしまいます。それが「非局所相関」と呼ばれるものです。非局所相関は、ふたつ以上の粒子(例えば光子)が、「量子もつれ」という関係性にあるとき、それらの粒子がたとえ何億光年と遠く離れていようと、影響を及ぼし得るというものです。これはSFの世界における「テレポーテーション」を想起させます。
逆にこの量子もつれという性質を受け入れて、積極的に活用することで、例えば量子情報を伝送する「量子テレポーテーション」が実現できます。このような技術は今後、秘匿性の高い通信技術に用いられる可能性があります。また、私たちはシリコンの中の量子もつれを量子計算に用いるための基礎技術を開発しています。
どうでしょうか? 「すごいスパコン」以上の創造がどのようなものか、伝わったでしょうか? 量子コンピュータは、私たちの常識を覆すような世界の見方、量子論から生まれています。私たちは、その不思議な性質を新たな情報処理のテクノロジーとして積極的に活用するような、まったく新しい世界の夜明け前にいるのです。
米田 淳
東京工業大学 超スマート社会卓越教育院 特任准教授
2014年東京大学大学院修了、博士号(工学)取得。理化学研究所、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学を経て、2020年より現職。現在の研究テーマは「量子ドットを使った高忠実度スピン量子ビット」「シリコン量子デバイスの集積、機能開拓」。
小川雄太郎
メインビジュアル イラストレーション
イラストレーター。多摩美術大学大学院グラフィックデザイン研究領域修了。
ウェブ、広告、雑誌、映像などのイラストレーションを手がける。
主な仕事にWIRED、リンネル、NHK Eテレ、PARCO、キットカットなど。
主な受賞にNY ADC Merit、グッドデザイン賞など。
ギンザWEBにて動く漫画「トップスドッグズ」連載中。