君は、球やドーナツの上をどうやって歩くか?
量子コンピュータの大規模化を支える技術を開発
田中 咲
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ
量子コンピュータも、従来のコンピュータと同じく、
物理現象である電圧や電流を使って、演算を行う計算機です。
量子コンピュータの場合は「量子ビット」を操作して計算を行います。
量子操作は、球やトーラス(ドーナツ型)などの閉じた空間の表面を移動することに例えることができます。
つまり量子操作の研究者は、球やドーナツの上をどうやって歩くかを、ずっと考え、
計算を再発明しようとしているのです。
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論理演算から見る量子コンピュータ
量子コンピュータと、一般的なコンピュータ(古典〈フォン・ノイマン〉コンピュータ)はどのように異なるのでしょうか? さまざまな違いがありますが、ここでは「論理演算(※)」という視点からこれらの違いをお話しつつ、私の研究についてご紹介します。
まず、量子コンピュータも一般的なコンピュータも、どちらも物理現象、つまり電圧や電流を使って演算を概念的に行う装置と言うことができます。例えばパソコンにはさまざまな色や映像が出ますが、これらはすべて、電圧値を「0と1」の「2進数」によるビットで解釈することによる演算で表現されています。現在の一般的なコンピュータはすべてビットを用いて論理演算を行っています。複雑なように見えますが、論理演算の視点では、実は「AND(論理積)」「OR(論理和)」「NOT(論理否定)」の3つだけなのです。ここで論理演算に用いられている「演算則(※)」のことを「ブール代数(※)」と呼びます。
しかし量子コンピュータの場合は量子ビットとなり、「0と1」ではなく、「0か1」の「重ね合わせ」となり、これは電子スピン(回転)の向きで表現されます。これによって、論理演算と演算則が変わります。先程は3つだった論理演算はより複雑なものになります。そして演算則は「ユニタリ変換」となります。
ビットを実際にデバイスに実装する際、一般的なコンピュータの場合は電子トランジスタなど、限られたものになりますが、量子コンピュータの場合はいくつかの種類があり、自由度が高いのです。
大規模化を支える基礎技術「量子トランスパイル」
量子ビットをデバイスに実装する際は、それぞれの実装法に対応した「量子トランスパイル」が必要です。それが私の研究であり、簡略化して言えば、大規模集積化した「シリコン量子ドット(※)」において、正確な演算を行うための基礎技術を開発しています。
大規模集積化に利点のあるシリコン量子コンピュータを開発する日立製作所では、量子ビットの実装法にシリコン量子ドットを採用しています。そして半導体製品の多くで使われている「CMOS半導体回路」の技術を応用することで、大規模集積化を実現しながら、安定的に量子ビットを制御する基本構造をすでに確立しています。しかし、大規模化の代償として(複数の量子ビットを制御する信号配線が共通化)、従来の量子ドットに対するトランスパイルとは異なるものを開発しなければならないのです。
私はパラメータに拘束条件を課した、独自の量子トランスパイルを開発し、大規模化したシリコン量子ドットにおいても、適切で正確な演算を実現しました。
従来から、量子デバイスの大規模化には課題がありました。大規模化しない量子デバイスでは、量子ビットに個別に配線が行われ、必要な操作をすべて個々の量子ビット単位でできるようにつくります。しかし、その構造のままデバイスを大規模化すると、量子デバイス内部の配線がかさばってしまい、その複雑さにより、大規模化が困難になってしまうのです。そこで日立製作所では、一部の配線を共通化しています。すると、量子計算にとって重要な、量子ビットの個別操作ができなくなってしまうのです。私が提案している技術は、一部の役割を共通化しながら、従来の個別の配線と同じ機能を保証できるというものです。
この技術は、今後の量子コンピュータの課題である大規模化を支える基礎技術となることが期待されています。
田中 咲
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ
2015年慶應義塾大学理工学研究科博士号(理学)取得後、同年日立製作所入社。CMOSアニーリングマシンの開発、RADER信号処理などの研究業務を経験後、2020年よりムーンショット型研究開発事業「大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発」に参加。
PUROPUMPULI
メインビジュアル イラストレーション
水戸市を拠点に活動するセラミックレーベル。
陶器オブジェやそれらを用いたビジュアル、映像、雑貨などを制作。
Instagram / @puropumpuli