PROJECT 3-1
妙なる調べが遺言を守る!?
—量子情報科学を使った遺言保管サービスの提案
東原 和成 Kazushige Touhara
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授
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桐山 登士樹 Toshiki Kiriyama
TRUNK ファウンダー
柴草 朋美 Tomomi Shibakusa
スペースコミュニケーションディレクター
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富山県総合デザインセンター
量子情報科学を使った新しい暗号
暗号化技術とは、他の人に見られたくない情報をわからなくする技術です。暗号化はインターネットでの安全な通信、ネットショッピング、証明書やデジタル署名など、多くの場面で使われています。インターネットで使用されている暗号は、スーパーコンピュータでさえ解読が難しい数学の問題を利用していますが、安全性がずっと続くわけではありません。例えば、よく使われる「RSA」という暗号は、将来的に登場するかもしれない強力な量子コンピュータでは短時間で解読できることがわかっており、2030年頃には新しい暗号へと変更する計画が進められています。さらに、量子コンピュータが実現してから解読するために、今から暗号化データを盗んでおくという攻撃(Store now, decrypt later攻撃)も懸念されています。
データを長く守るためには、量子情報科学の新しい暗号が役立つかもしれません。「量子暗号鍵配送」では、光の粒子の量子状態を使って暗号鍵を送ります。もし途中で盗聴されても、状態の変化としてそのビットをすぐに見つけて捨てることができるので、残った安全なビットだけで鍵をつくれます。こうして、とても大切な暗号鍵を、安全にふたりで共有できます。「量子暗号鍵配送」を、「ワン・タイム・パッド」という方法(一度使った暗号鍵は二度と使わない手法)と組み合わせると、どんなに強力なコンピュータが出てきても、絶対に解けない安全な暗号通信が実現できます。この暗号は長期間安全を保ち、デジタル遺言など100年単位で長く守りたい場合に最適です。このような安全性は「情報学的安全性」と呼び、計算が難しい問題に基づく「計算量的安全性」とは区別します。
量子暗号鍵配送をベースに、認証や秘密計算といったセキュア技術を組み合わせた「量子セキュアクラウド」の実現に向け、実証的にさまざまな研究開発が進められています。
共鳴とうねりと量子の世界
祭りやお寺で耳にしたことのある「おりん」の音。その独特の響きは私たちに馴染み深いものですが、実は量子の世界を理解するためのユニークな比喩にもなっています。
まず、おりんひとつひとつは、形や素材によって違う固有の音があります。これは、量子状態がそれぞれ固有の「振動数」で表されることに似ています。量子コンピュータや量子インターネットの実現に使われる量子ビットは、おりんの音のようにそれぞれの音色を持っているのです。
また、おりんの音が他のおりんと響き合って、美しい共鳴を生み出すことがあります。この共鳴は、量子コンピュータで量子ビットを操作するために使われる「共鳴現象」と同じ原理です。音楽で言うところの、ハーモニーをつくるように、量子ビットも互いに影響しあい、結果として複雑な計算を可能にしています。
複数のおりんを同時に鳴らすと、音が干渉しあって、波のようにふくらんだりしぼんだりする「うねり」という響きが生まれます。これは、量子コンピュータが波の干渉を駆使して計算を進める様子を象徴しています。量子コンピュータの高速計算の肝は、このような波の干渉を使って不要な計算を「消す」ことにあります。量子コンピュータの中で量子状態の波のピーク同士が重なって高くなったり、谷同士が重なって消えたりするのを思い浮かべてみてください。
このようにおりんの音は、量子の世界を想像するための面白いメタファーになっています。映像では、5人の相続人が同時におりんを鳴らし、その音のうねりによって暗号化された遺言が復号される様子が描かれます。そして、来場者が実際におりんを鳴らすことができるインスタレーションでは、映像に描かれた状況を体感することができるでしょう。
PROJECT 3-1 PROFILE
藤原 大(Dai Fujiwara/ふじわら・だい)
クリエイティブディレクター
2008年DAIFUJIWARA を設立し、湘南に事務所を構える。コーポレイト(企業)、アカデミック(教育)、 リージョン(地域)の3つのエリアをフィールドに、多岐にわたる創作活動を続ける。独自の視点を生かし、 企業のオープンイノベーションにおける牽引役としても知られている。国内外での講演やプロジェクトなど 数多く実施。多摩美術大学教授。
桐山 登士樹(Toshiki Kiriyama/きりやま・としき)
TRUNK ファウンダー
広告マーケティングやデザイン・建築雑誌の編集者を経て、1988年にデザインの企画制作会社、TRUNK を設立。現在、富山県総合デザインセンター所長、富山県美術館副館長も務める。東京・富山・ミラノを 拠点にディレクション、ブランドプロデュース、展覧会のキュレーションなどを行う。
柴草 朋美 (Tomomi Shibakusa/しばくさ・ともみ)
スペースコミュニケーションディレクター
1989年富山県生まれ。大学時に文化人類学を専攻。卒業後は出版社、広告代理店でタウン誌の編集長、営業、ディレクターを経験。現在はフリーランスとして活動。また、蛭谷和紙継承者・川原隆邦氏とアートユニット 「TODO」を結成し、インスタレーションアートを中心に作品を制作。2023年10月初の個展を開催。