PROJECT 1-1
ネオ聖母子
—量子コンピュータと自然界の親密な関係
藤井 啓祐 Keisuke Fujii
大阪大学大学院基礎工学研究科 教授
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クツザワ コロリ Korori Kutsuzawa
アーティスト、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科
自然は大きな計算機
大阪大学で量子コンピューティング研究室を率いる理論物理学者・藤井啓祐さんは、量子コンピュータと自然との関係性に思いを巡らせています。
「自然は大きな計算機だと考えられます」と藤井さん。植物の光合成や窒素固定する根粒菌、渡り鳥の磁気センサーといった現象は、自然界が何億年もかけて計算してつくり上げた結果だというわけです。「SF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』のように、私たちは自然界の計算した答えだけを見せられている状況です。これらの自然界のメカニズムを詳しく知るためには、自然界の原理、つまり量子力学にしたがって動く量子コンピュータが必要です」と研究のモチベーションを語る藤井さんの目は、好奇心に満ちた子どものように輝いています。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科で学ぶクツザワ コロリさんは藤井さんの話を、木炭を使ってモノクロームの絵として表現しました。絵の中央に描かれた地球は、大陸、海、雲などの大自然を連想させるとともに、どこか膝を抱えて眠る女神のようにも見えます。周りを取り囲む子どもたちの母親―母なる地球、ということなのかもしれません。藤井さんが示した自然界と量子コンピュータの関係性は、母と子のつながりに昇華されています。
藤井さんが量子コンピュータ研究の道に進んだきっかけは、「量子力学のルールは、ゲームのようで面白かったから」。私たちにとって量子力学は不思議なことばかりですが、藤井さんにとってはそのゲームの世界で何ができるかという好奇心のほうが勝ったのでしょう。クツザワさんが描いた子どもの輝く表情が、探究心に満ちた藤井さんの顔に重なります。
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量子コンピュータの未来
「量子コンピュータは自然現象の解明だけでなく、AIや機械学習にも応用できます」(藤井)。2018年に藤井さんらはレザバー計算という自然界の計算手法にインスピレーションを得て、量子コンピュータで機械学習を行う「量子回路学習」という方法を考案しました。論文で発表すると、たちまち世界中の研究者から引用されたと言います。絵には量子コンピュータの脳を持った子どもが地球を調べる様子が描かれています。 「子どもの頭の中の量子コンピュータと脳が重なる姿は、量子AIの応用を表しています」とクツザワさん。
「現在の量子コンピュータはまだ小規模で間違いも多いですが、将来的には宇宙最強のコンピュータに成長する可能性があります」と藤井さんは期待を込めて話します。壊れやすい量子コンピュータの計算を頑丈にする「量子誤り訂正符号」の研究を進め、大規模な量子コンピュータの実現に向け理論やソフトウェアの視点から取り組んでいます。
量子コンピュータが発展途上だという様子は絵の中でも巧みに表現されています。量子コンピュータの子どもたちをよく見てみると、計算間違いしてしまったのでしょうか、ぐずっている子がいます。他にも、遅れてやってきて今まさに母に手を伸ばそうとしている子、これから力を発揮すると言わんばかりにまだ眠っている子もいます。クツザワさんは「藤井さんの研究を見て、量子コンピュータが将来どんな大人になるかわからないことに興味を持ちました」と思いを語りました。
量子コンピュータの世界とアートの世界、どちらも無限の可能性を秘めています。量子コンピュータとアートが重なることで、どちらにとっても新しい発見が生まれるかもしれません。量子コンピュータ“を”アートで表現するだけでなく、量子コンピュータ“で”アート作品をつくる未来も、すぐそこに来ているのではないでしょうか。
PROJECT 1-1 PROFILE
藤井 啓祐(Keisuke Fujii/ふじい・けいすけ)
物理学者、大阪大学大学院基礎工学研究科 教授
2011 年京都大学大学院工学研究科 原子核工学科専攻 博士課程修了。2019 年より現職。2016 年から 2019 年 まで科学技術振興機構(JST)さきがけの研究者、2018 年から国内ベンチャーの QunaSys(キュナシス)の 最高技術顧問も務める。主な著書に『驚異の量子コンピュータ : 宇宙最強マシンへの挑戦』(岩波書店)がある。
クツザワ コロリ(Korori Kutsuzawa)
アーティスト、武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科 3 年
2001 年 2 月千葉県生まれ。人体をモチーフとした寓意的な絵画の制作を軸にしながら、本・写真・映像・ 立体など、その時々で主題に合わせた適切なメディウムを選択し表現する、デザイン的な思考プロセスに 基づく制作を心がけている。来年開催予定の個展に向けて作品を制作中。
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